年末年始は親戚への挨拶を兼ね、妻と義母を連れて富山へと帰省した。正月に帰省するのは3年ぶりのことになる。
今回は関空経由で富山入りすることにした。大阪でショッピングをしたいという妻の強い要望があったこと、上海-大阪便と上海-富山便ではチケット価格に大きな差があること、そして何よりも06年1月に両親が遭ったような、雪のため飛行機が富山空港へ着陸できくなるリスクを回避するためだ。3番目の理由については案の定、私たちが日本に降り立った31日に日本は寒波に見舞われ、日本海側は大雪となっていた。大阪も風が強く、飛行機は揺れに揺れた。鉄道も関西空港とりんくうタウンの間がストップし、バスによる振り替え輸送に切り替わっていた。
無事に大阪市内にたどり着いた私たちは、その日のうちにJR北陸本線をサンダーバード号で富山へ。富山駅のホームに降り立った妻は、しんしんと降りしきる雪に大興奮。駅には家族が総出で迎えに来てくれた。
年が明けて元旦は、市内の日枝神社で初詣。「靖国神社じゃないから安心して」と冗談を飛ばす。何度も日本を訪れたことのある妻も初体験となる、おせち料理を2人に味わってもらう。お義母さんには少し難度が高かったか?
親戚との顔合わせは3日。富山県人ならば誰もが知ってる呉羽ハイツで宴会を開いた。妻は、あらかじめ母が手配してくれていた着付け屋で振袖を着せてもらっての登場だ。お義母さんは娘の振袖姿を見て感傷的になったようで、亡くなったお義父さんを思い出し涙ぐむ場面もあった。しかし親戚一同、中国人である妻と義母を温かく迎え、笑顔で話し掛けてくれたおかげで、2人とも楽しいひと時を過ごせたようだ。
心残りだったのは、8月の結婚式当日の模様を撮影したDVDが再生できなかったこと。実家のDVDでは問題なかったのに、宴会場では規格が異なるのか見ることができなかった。その代わり宴会は、80歳の祖母が踊り出すほどに、カラオケで大いに盛り上がった。・・・
4日は両家の母がともに誕生日ということで、家族団らんでお祝い。富山最後の夜を過ごす。
5日は別れを惜しみつつ、「ますのすし」を片手に大阪へ。梅田のホテルに陣取り、ショッピングをして回る。私も引率の身ながらしばし2人と離れ、紀伊国屋で思う存分に最新の日本語書籍を見て回ったのだった。・・・
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*帰省時の様子を撮影した他の写真は、非公開にしてあります。ご覧になりたい方は、私のGmailアドレスまでメールして下さい。


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