朝10時頃、突然オフィスに怒号が響き渡った。
私の勤める上海の会社は、とあるグループ会社の一部で、同じオフィスには別のグループ会社が2社入っている。警報機を販売している会社とデベロッパー、すなわちゼネコンをやっている会社だ。ときどき会話したりはするが、業務がまったく違うため、仕事上の交流はまったくない。
怒号は、ゼネコン会社の方から聞こえてきた。最初は従業員同士のケンカか何かと思っていた。日本の本社が今日で仕事納めとなるため、私の会社も事務処理がなにかと忙しく、私も同僚も怒号を尻目にキーボードを叩いていた。だが、30分後には警察までやってきて、どうもただのケンカでなさそうだということがわかった。よく見てみれば、現場の作業員らしき人たちがフロントの辺りにたむろしている。
なにぶん上海語で言い争っているため、何が起こっているのかよくわからなかったのだが、同僚に聞けば次のようなことらしい。
このグループ会社は、あるドイツの会社から請け負って、浦東に高層ビルを建設した。ゼネコンなので日本と同様、その下には下請け会社が、下請け会社の下にもまた下請け会社がある。グループ会社に現れた作業員たちは、下請け会社の下請け会社で働いている(何段階下の下請け会社なのかは不明)。
だが、高層ビルを建設したはいいものの、ドイツの会社では思ったようにテナント収入が伸びず、グループ会社への支払いが滞ってしまった。グループ会社は請負代金を支払ってもらえないため、下請け会社に工事代金を支払わず、下請け会社はその下請け会社に工事代金を支払わず・・・最終的に、現場で働く作業員たちの給料が支払われないとなる。まさに今、中国で社会問題となっている給料未払いの典型的な事例だ。ただ、まさか目の前で「讨工资(給料支払闘争)」が行われるとは思っても見なかったわけだが・・・。
作業員たちは最初、下請け会社の方に給料を払えと怒鳴り込んだのだが、下請け会社も「私たちも工事代金を支払ってもらっていない!」からと作業員たちを引き連れて、ゼネコンであるグループ会社の方へ乗り込んできたようなのだ。しかも作業員を引き連れてきた下請け会社の人間は、作業員たちをグループ会社に置いてとんずらしてしまった。・・・
地方から出稼ぎに来ている工事現場の作業員たちには、毎月生活費だけが先に渡され、残りの給料は年末に一括で支払われるのが、中国では一般的だ。もう1ヶ月もすれば、中国は「春节(旧正月)」の休暇を迎え、作業員たちは実家に帰省して、久しぶりに家族団欒で過ごさなければならない。長いこと出稼ぎで働いて、まさか手ぶらで実家には帰れない。家族は一家の大黒柱の帰りと、その大黒柱が稼いだ給料を首を長くして待っているのだ。そもそも給料を払ってもらえなければ、作業員たちは実家への列車の切符さえ買えるかすらわからない。彼らも必死だ。・・・
だが突然怒鳴り込まれれば、グループ会社の方もたまったものではない。確かに、工事代金を支払っていないという間接的な責任はあるが、作業員たちに給料を支払う責任があるのは下請け会社の親方のはずだからだ。
根本的には、確かな経営の見通しもなく高層ビルを建築させた、ドイツの会社に問題があるのかもしれない。しかし、ドイツの客から下請けの下請けまで、とにかく自社の資金状態を健全に保つことにしか興味がなく、誰もその先に及ぼす影響にまで目を向けようとはしない。そうした無関心も問題なのではないか。そして結局割を食うのは、一番弱い立場にいる現場の作業員たちなのである。
とにかくこの問題は深刻すぎて、暖かいオフィスでのほほんとコーヒーをすすっている私などがおいそれとは語れない。
私が昼ご飯を食べて帰ってくると、作業員たちはフロントで黙々と弁当をむさぼっていた。作業員のくせになぜか背広を着ているのだが、何か悲壮なものが漂っていた。午後も数時間にわたってたびたび怒号が響き渡っていたが、何らかの妥協があったのか、4時頃にふと気が付けば、作業員たちはいなくなっていた。・・・







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